大雲院、祗園閣(京都観光東山区)

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大雲院(だいうんいん)、祗園閣(ぎおんかく)

祇園祭山鉾の写真は長刀鉾をクリックすると山鉾全33基(33頁)がご覧いただけます。

由 緒

大雲院

龍池寺と号し、織田信長・信忠父子の追福の為、正親町天皇の勅命により天正十五年(一五八七)開山貞安上人に御池御所(烏丸二條南)を賜わり開創され、寺名は信忠公の法名に因み山号は創建の地に由来する。其の後天正十八年豊臣秀吉の命により寺町四条南に移り、後陽成天皇の綸旨により勅願所となる。
時運の進展にともない寺地は繁華の中心となりたるを以て、昭和四十八年四月當地に移転された。
主なる仏像並びに建造物
一、本尊阿弥陀如来座像 一丈六尺
一、観世音菩薩立像 一丈五尺
一、本堂 鐘楼 祇園閣 書院 龍池会館
上は大雲院の門前に掲げられている駒札説明板(由緒書)の文章をそのまま再録しています。

大雲院は本能寺の変により倒れた織田信長、信忠父子の霊を弔うために建てられた寺院で、墓地に信長、信忠の慰霊碑があるそうです。寺域は非公開ですが、祗園祭の鉾を模して作られた背の高い祗園閣は外から眺められます。大雲院が移転するまでのこの地は大倉財閥の別荘で、祗園閣はそこにあったものが残されました。祗園閣は期間限定で公開されることがあり、眺望を楽しめます。祗園閣の内部には阿弥陀如来が安置されており、中国敦煌の壁画(レプリカ)で飾られています。
大雲院は重要文化財の紙本墨書正親町天皇宸翰御消息と絹本着色前田玄以像を所蔵しています。
大雲院には大泥棒の石川五右衛門の墓がありますが、五右衛門が処刑前に貞安上人に帰依したことに由来します。
▲上の文章はJTBパブリッシング発行の「京都の古寺I」を参考にして書きました。

大雲院の宗派 浄土教系単立
大雲院の所在地 京都市東山区祗園町南側594-1
大雲院の拝観
非公開ですが、期間限定有料で祗園閣等が公開されます。祇園閣内部は一切撮影禁止です。
大雲院への公共交通機関
市バス「祗園」下車、徒歩約8分

京都の観光祇園閣
▲大雲院の外の道路から眺め上げた祇園閣の写真です。

京都の観光祇園閣2
▲ねねの道の近くから撮影しました。